コンプライアンス時代の法律知識

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コンプライアンス時代の法律知識

トラブルや炎上の多くは「違法」より「不適切」が要因となっています。
コンプライアンスとは、ルールを守ることではなく結果を想像すること。そんな観点から、広告実務を取り巻く法律についてお話ししていきます。

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トラブルや炎上の多くは「違法」より「不適切」が要因となっています。
コンプライアンスとは、ルールを守ることではなく結果を想像すること。そんな観点から、広告実務を取り巻く法律についてお話ししていきます。

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トラブルや炎上の多くは「違法」より「不適切」が要因となっています。
コンプライアンスとは、ルールを守ることではなく結果を想像すること。そんな観点から、広告実務を取り巻く法律についてお話ししていきます。

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トラブルや炎上の多くは「違法」より「不適切」が要因となっています。
コンプライアンスとは、ルールを守ることではなく結果を想像すること。そんな観点から、広告実務を取り巻く法律についてお話ししていきます。

コンプライアンス時代の法律知識

トラブルや炎上の多くは「違法」より「不適切」が要因となっています。
コンプライアンスとは、ルールを守ることではなく結果を想像すること。そんな観点から、広告実務を取り巻く法律についてお話ししていきます。

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トラブルや炎上の多くは「違法」より「不適切」が要因となっています。
コンプライアンスとは、ルールを守ることではなく結果を想像すること。そんな観点から、広告実務を取り巻く法律についてお話ししていきます。

コンプライアンス時代の法律知識

トラブルや炎上の多くは「違法」より「不適切」が要因となっています。
コンプライアンスとは、ルールを守ることではなく結果を想像すること。そんな観点から、広告実務を取り巻く法律についてお話ししていきます。

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トラブルや炎上の多くは「違法」より「不適切」が要因となっています。
コンプライアンスとは、ルールを守ることではなく結果を想像すること。そんな観点から、広告実務を取り巻く法律についてお話ししていきます。

コンプライアンス時代の法律知識

トラブルや炎上の多くは「違法」より「不適切」が要因となっています。
コンプライアンスとは、ルールを守ることではなく結果を想像すること。そんな観点から、広告実務を取り巻く法律についてお話ししていきます。

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志村 潔

志村 潔

広告知財コンサルタント
広告知財コンサルタント

山梨県生まれ、武蔵野美大卒。広告制作会社等を経てデザイナーとして廣告社㈱入社。CR・マーケ・メディア・営業・管理部門を経験後、代表取締役社長就任(2016年退任)。著書に『“広告の著作権”実用ハンドブック』(太田出版)、『クリエイターのためのトラブル回避ガイド』(パイ・インターナショナル)、『広告実務と著作権(電子書籍)』(太田出版)、共著に『Q&Aで学ぶ“写真著作権”』(太田出版)などがある。JAAA  REPORTS「広告人のための法律知識」を2020年1月号~2026年3月号まで執筆。日本広告学会会員。

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「参考にしただけ」「偶然似てしまった」「パクったつもりはない」。誰かに類似を指摘されたとき、よく発せられる説明です。しかし今、このような説明はあまり意味を持たなくなっているように思います。問題の根っこにあるものは、パクったかどうかではありません。「似ていると受け取られるかどうか」なのです。

【第4回】似ているだけでアウト?
 ―模倣・類似・著作権


「参考にしただけ」「偶然似てしまった」「パクったつもりはない」。
誰かに類似を指摘されたとき、よく発せられる説明です。
しかし今、このような説明は
あまり意味を持たなくなっているように思います。
問題の根っこにあるものは、パクったかどうかではありません。
「似ていると受け取られるかどうか」なのです。

 

■著作権侵害の一歩手前に潜むリスク

著作権法の考え方は、一見すると明確です。既存の著作物に依拠し、その本質的な特徴を再現していれば侵害となる可能性が生じます。いわゆる「依拠性」と「類似性」が判断基準です。また、この法律では、表現のみが保護されるので、アイデアやコンセプトの類似は侵害行為とはなりえません。

ただし、実務で問題になるのは、このような基準の一歩“手前”段階です。つまり、「法的に侵害しているかどうかは微妙だけれど、似ていると感じられる」、そんな領域の問題です。そして、このグレーゾーンこそが、コンプライアンス上、最も注意すべき領域なのです。

 

■なぜ「似ている」だけで問題になってしまうのか?

理由はシンプルです。受け手は法律で判断していないからです。広告を見た一般の人は、「依拠性」や「創作性」などといった難解な法的概念ではなく、「見たことがある」「あの作品に似ている」という印象で判断します。

その印象がSNSで共有された瞬間、「パクリではないか」という疑念が一気に拡散します。この段階では、すでに法的な議論は置き去りにされています。そして、「似ている」という評価そのものが、そのブランドを毀損するリスクになるのです。

ここに、このシリーズの第1回目でお話した「想像力」の問題が直結します。法律的にセーフかどうかではなく、どう受け取られるかを想像できているかどうかが問われるのです。

 

■たとえば、こんなケース

例えば、ある広告のビジュアルが、構図・配色・人物のポーズにおいて、過去に話題になったポスターと強い類似性を持っていたとします。デザイナーとしては、複数の作品からインスピレーションを受けた結果であり、特定の作品を模倣した意識はないかもしれません。

しかし、受け手の側が「あの有名なポスターにそっくりだ」と感じれば、それだけで疑念は生じます。その後、どこまで似ていれば侵害なのかという議論が始まりますが、実務的にはその時点でダメージは発生しています。

この場合、問題は「似ていたかどうか」ではなく、「似ていると指摘される状態を許してしまったこと」だと思われます。

 

■背景にあるもの

昨今、このような傾向が高まっているのはなぜでしょう。もちろん、SNSなどの普及が大きいと思われます。ちょっと影響力のある人間が「似ているなー」とつぶやいた瞬間に、その声はたちどころに拡散されていきます。

そしてもう一つは広告クリエイティブのデジタル化の問題と思います。その昔、デザイナーは手作業でラフ原稿を作っていました。つまり、「手」による思考です。それはある意味、「無から有を創り出す」ことでした。

しかし、デザインのデジタル化にともない、既存の素材を取り込んで、その組み合わせや並べ替えでクリエイティブする、つまり、「有から有を創り出す」、そんな流れに変わってきました。

その結果として、デザインワークがスピーディになった一方で、多くの類似表現を生じさせる可能性を高めてしまったことは否定できません。

 

■実務で重要な3つのポイント

では、どのように判断すればよいのでしょうか。

まず一つ目は、「印象」で比較することです。要素ごとではなく、全体として受ける印象が似ていないか。一般の人がどう感じるかを基準にします。

2つ目は、「第三者の目」を取り入れること。そのクリエイティブに関与していない人の違和感は、非常に重要です。「それ、あの作品に似ていませんか?」という一言が、最大のリスク回避になります。

そして3つ目は、そのクリエイティブを説明できるかということです。なぜこの表現なのか、どのような意図で構成されているのか、必然性はあるのか。仮に類似を指摘されたときに合理的に説明できるかどうかです。

 

■コンプライアンスと創造性

大切なことは、この問題が「創造性」と深く関わっている点です。本来、クリエイティブとは新しい価値を生み出す行為です。しかし、「どこかで見たことがある表現」に依存すれば、その時点で創造性は弱まります。

コンプライアンスは「制約」ではありません。むしろ、適切な創造性をナビゲートし、安易な模倣を遠ざけるための「道標」なのです。

 

何よりも、「この表現は、自分たちのオリジナルだと言えるか」。

この問いに自信を持って答えられるかどうかが、コンプライアンス時代の広告人に求められる基本姿勢なのではないでしょうか。

【第4回】似ているだけでアウト?
 ―模倣・類似・著作権


「参考にしただけ」「偶然似てしまった」「パクったつもりはない」。
誰かに類似を指摘されたとき、よく発せられる説明です。
しかし今、このような説明は
あまり意味を持たなくなっているように思います。
問題の根っこにあるものは、パクったかどうかではありません。
「似ていると受け取られるかどうか」なのです。

 

■著作権侵害の一歩手前に潜むリスク

著作権法の考え方は、一見すると明確です。既存の著作物に依拠し、その本質的な特徴を再現していれば侵害となる可能性が生じます。いわゆる「依拠性」と「類似性」が判断基準です。また、この法律では、表現のみが保護されるので、アイデアやコンセプトの類似は侵害行為とはなりえません。

ただし、実務で問題になるのは、このような基準の一歩“手前”段階です。つまり、「法的に侵害しているかどうかは微妙だけれど、似ていると感じられる」、そんな領域の問題です。そして、このグレーゾーンこそが、コンプライアンス上、最も注意すべき領域なのです。

 

■なぜ「似ている」だけで問題になってしまうのか?

理由はシンプルです。受け手は法律で判断していないからです。広告を見た一般の人は、「依拠性」や「創作性」などといった難解な法的概念ではなく、「見たことがある」「あの作品に似ている」という印象で判断します。

その印象がSNSで共有された瞬間、「パクリではないか」という疑念が一気に拡散します。この段階では、すでに法的な議論は置き去りにされています。そして、「似ている」という評価そのものが、そのブランドを毀損するリスクになるのです。

ここに、このシリーズの第1回目でお話した「想像力」の問題が直結します。法律的にセーフかどうかではなく、どう受け取られるかを想像できているかどうかが問われるのです。

 

■たとえば、こんなケース

例えば、ある広告のビジュアルが、構図・配色・人物のポーズにおいて、過去に話題になったポスターと強い類似性を持っていたとします。デザイナーとしては、複数の作品からインスピレーションを受けた結果であり、特定の作品を模倣した意識はないかもしれません。

しかし、受け手の側が「あの有名なポスターにそっくりだ」と感じれば、それだけで疑念は生じます。その後、どこまで似ていれば侵害なのかという議論が始まりますが、実務的にはその時点でダメージは発生しています。

この場合、問題は「似ていたかどうか」ではなく、「似ていると指摘される状態を許してしまったこと」だと思われます。

 

■背景にあるもの

昨今、このような傾向が高まっているのはなぜでしょう。もちろん、SNSなどの普及が大きいと思われます。ちょっと影響力のある人間が「似ているなー」とつぶやいた瞬間に、その声はたちどころに拡散されていきます。

そしてもう一つは広告クリエイティブのデジタル化の問題と思います。その昔、デザイナーは手作業でラフ原稿を作っていました。つまり、「手」による思考です。それはある意味、「無から有を創り出す」ことでした。

しかし、デザインのデジタル化にともない、既存の素材を取り込んで、その組み合わせや並べ替えでクリエイティブする、つまり、「有から有を創り出す」、そんな流れに変わってきました。

その結果として、デザインワークがスピーディになった一方で、多くの類似表現を生じさせる可能性を高めてしまったことは否定できません。

 

■実務で重要な3つのポイント

では、どのように判断すればよいのでしょうか。

まず一つ目は、「印象」で比較することです。要素ごとではなく、全体として受ける印象が似ていないか。一般の人がどう感じるかを基準にします。

2つ目は、「第三者の目」を取り入れること。そのクリエイティブに関与していない人の違和感は、非常に重要です。「それ、あの作品に似ていませんか?」という一言が、最大のリスク回避になります。

そして3つ目は、そのクリエイティブを説明できるかということです。なぜこの表現なのか、どのような意図で構成されているのか、必然性はあるのか。仮に類似を指摘されたときに合理的に説明できるかどうかです。

 

■コンプライアンスと創造性

大切なことは、この問題が「創造性」と深く関わっている点です。本来、クリエイティブとは新しい価値を生み出す行為です。しかし、「どこかで見たことがある表現」に依存すれば、その時点で創造性は弱まります。

コンプライアンスは「制約」ではありません。むしろ、適切な創造性をナビゲートし、安易な模倣を遠ざけるための「道標」なのです。

 

何よりも、「この表現は、自分たちのオリジナルだと言えるか」。

この問いに自信を持って答えられるかどうかが、コンプライアンス時代の広告人に求められる基本姿勢なのではないでしょうか。

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