若者像へのピントを合わせてみた。

若者像へのピントを合わせてみた。

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若者は近年、マーケティングの世界にとどまらず、社会全体の文脈の中で語られる存在になってきた一方で、その語られ方はやや表層的で、実態とは異なるイメージが先行していることも。本連載では、さまざまなテーマから若者のリアルに切り込み、社会が抱くイメージとのズレを丁寧に紐解いていく。

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若者は近年、マーケティングの世界にとどまらず、社会全体の文脈の中で語られる存在になってきた一方で、その語られ方はやや表層的で、実態とは異なるイメージが先行していることも。本連載では、さまざまなテーマから若者のリアルに切り込み、社会が抱くイメージとのズレを丁寧に紐解いていく。

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若者は近年、マーケティングの世界にとどまらず、社会全体の文脈の中で語られる存在になってきた一方で、その語られ方はやや表層的で、実態とは異なるイメージが先行していることも。本連載では、さまざまなテーマから若者のリアルに切り込み、社会が抱くイメージとのズレを丁寧に紐解いていく。

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若者は近年、マーケティングの世界にとどまらず、社会全体の文脈の中で語られる存在になってきた一方で、その語られ方はやや表層的で、実態とは異なるイメージが先行していることも。本連載では、さまざまなテーマから若者のリアルに切り込み、社会が抱くイメージとのズレを丁寧に紐解いていく。

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若者は近年、マーケティングの世界にとどまらず、社会全体の文脈の中で語られる存在になってきた一方で、その語られ方はやや表層的で、実態とは異なるイメージが先行していることも。本連載では、さまざまなテーマから若者のリアルに切り込み、社会が抱くイメージとのズレを丁寧に紐解いていく。

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若者は近年、マーケティングの世界にとどまらず、社会全体の文脈の中で語られる存在になってきた一方で、その語られ方はやや表層的で、実態とは異なるイメージが先行していることも。本連載では、さまざまなテーマから若者のリアルに切り込み、社会が抱くイメージとのズレを丁寧に紐解いていく。

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若者は近年、マーケティングの世界にとどまらず、社会全体の文脈の中で語られる存在になってきた一方で、その語られ方はやや表層的で、実態とは異なるイメージが先行していることも。本連載では、さまざまなテーマから若者のリアルに切り込み、社会が抱くイメージとのズレを丁寧に紐解いていく。

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若者は近年、マーケティングの世界にとどまらず、社会全体の文脈の中で語られる存在になってきた一方で、その語られ方はやや表層的で、実態とは異なるイメージが先行していることも。本連載では、さまざまなテーマから若者のリアルに切り込み、社会が抱くイメージとのズレを丁寧に紐解いていく。

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結城 拓也

結城 拓也

電通若者研究部「ワカモン」
電通若者研究部「ワカモン」

2022年電通入社。入社後、戦略プランナーとして戦略策定から企画実行、PDCA設計まで一気通貫で推進。 幅広い業種において、新商品コンセプト開発やアクティベーションプランニングなど、戦略設計から実行まで横断的に担当。 電通若者研究部(電通ワカモン)に所属し、若者インサイトを起点としたブランドワークショップや社内外勉強会を多数実施。 大学での講義や学生プロジェクトの運営にも携わり、リアルな若者理解を基にしたプランニングを強みとする。

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「若者は本音を言わない」とよく言われる。上司との1on1で深い話をしない。飲み会では踏み込んだ話を避ける。何を考えているのか分からないまま、ある日突然退職する。そうした姿を見ると、若者は本音を隠し、人と深く関わりたがらないようにも見える。

若者は本音を言いたくないって本当?

―若者の本音はどこにあるのか―


「若者は本音を言わない」とよく言われる。

 

上司との1on1で深い話をしない。飲み会では踏み込んだ話を避ける。何を考えているのか分からないまま、ある日突然退職する。そうした姿を見ると、若者は本音を隠し、人と深く関わりたがらないようにも見える。

 

そもそも日本には「本音と建前」という文化がある。本音をそのまま口にしないことは、不誠実というより、場の空気を保ち、相手との関係を壊さないための作法でもあった。つまり、日本人は昔から必ずしも本音を言わなかったとも言える。

 

では、昔と今で何が変わったのか。

 

かつての「本音と建前」には、ある程度の共通認識があった。職場では上司を立てる。飲み会では愚痴をこぼしていい。親しい人には弱音を吐ける。「この相手にはこう振る舞う」「この場ではここまで言っていい」という暗黙のルールが共有されていたので、関係を壊さずに本音を伝えやすかった。

 

一方で今は、その共通認識が弱くなっている。職場、友人関係、SNS、趣味など、若者が属するコミュニティは細分化し、それぞれに違う空気やタブーがある。しかも、発言がすぐに切り取られて意図しない形で広がってしまうリスクもある。「ここだけの話」が成立しにくい社会では、本音は互いの関係を深めるものではなく、関係を壊すかもしれないリスクになりやすい。

 

さらに若者の価値観として、感情の交差による疲労を回避し、心の負担を最小限に抑えたいという傾向が強くなっている。情報量が多く、人間関係にも気を配りながら過ごす毎日の中で、「相手を傷つけたかもしれない」「空気を悪くしたかもしれない」という不安を抱え続けることは大きな負担になる。

 

だから、上司との1on1で「本音で話して」と言われても、どこまで本音で話していいかが分からず、なかなか踏み込めない。むしろ、気まずくなったり、評価に影響したりするのではないかという不安の方が大きい。本音を言うことで生まれる心の負担に見合うだけの見返りがないと、彼らにとって本音は言う意味がないのである。

 

ただし、若者に本音がないわけではない。むしろ本音に近い言葉は、別の場所に大量に存在している。象徴的なのが、SNSのコメント欄だ。動画や投稿のコメント欄を開くと、人には直接言えないような悩みや弱音が吐露されていることがある。「自分も同じ」「誰にも言えなかったけど」といった言葉が連なり、見知らぬ人同士が深い相談や共感を交わしている。

 

重要なのは、それが「私はこう思う」と正面から語られるのではなく、何かへの反応として表出していることだ。若者にとって本音は、いきなり差し出すものではなく、コンテンツや投稿を間に挟むことで出しやすくなるものである。共通の対象があれば、「自分の話」ではなく「これをどう感じたか」として語れる。だから本音は、直接的な自己開示よりも、反応や感想の中ににじみやすい。

 

この流れは、AIによってさらに進むかもしれない。人には言いにくい怒り、不安、愚痴、迷いを、まずAIに投げかける。AIは否定せずに受け止め、整理し、角の立たない言葉に変えてくれる。AIを「自分の一番の理解者」と感じる感覚は、今後さらに強まっていくだろう。

 

そう考えると、「本音をそのまま人に伝えること」は、今後さらに減っていくのかもしれない。AIによって、否定されず、整理され、伝えやすい言葉に変換される経験が当たり前になるほど、整理されていない感情をそのまま人にぶつけることは、率直さではなく、配慮のなさとして受け取られていく可能性がある。本音は、自分の内側から湧き出てくるものではなく、外部の情報(コンテンツや投稿など)への反応、あるいはAIとの壁打ちを通じて、確かめ、見つけていくものになっていくのではないだろうか。

関連記事:

「感情汚染回避」と「人間回帰」。若者の新たな行動価値観を読み解く 

AIは気遣い時代の「人間関係の仲介者」になる?

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「若者は本音を言わない」とよく言われる。

 

上司との1on1で深い話をしない。飲み会では踏み込んだ話を避ける。何を考えているのか分からないまま、ある日突然退職する。そうした姿を見ると、若者は本音を隠し、人と深く関わりたがらないようにも見える。

 

そもそも日本には「本音と建前」という文化がある。本音をそのまま口にしないことは、不誠実というより、場の空気を保ち、相手との関係を壊さないための作法でもあった。つまり、日本人は昔から必ずしも本音を言わなかったとも言える。

 

では、昔と今で何が変わったのか。

 

かつての「本音と建前」には、ある程度の共通認識があった。職場では上司を立てる。飲み会では愚痴をこぼしていい。親しい人には弱音を吐ける。「この相手にはこう振る舞う」「この場ではここまで言っていい」という暗黙のルールが共有されていたので、関係を壊さずに本音を伝えやすかった。

 

一方で今は、その共通認識が弱くなっている。職場、友人関係、SNS、趣味など、若者が属するコミュニティは細分化し、それぞれに違う空気やタブーがある。しかも、発言がすぐに切り取られて意図しない形で広がってしまうリスクもある。「ここだけの話」が成立しにくい社会では、本音は互いの関係を深めるものではなく、関係を壊すかもしれないリスクになりやすい。

 

さらに若者の価値観として、感情の交差による疲労を回避し、心の負担を最小限に抑えたいという傾向が強くなっている。情報量が多く、人間関係にも気を配りながら過ごす毎日の中で、「相手を傷つけたかもしれない」「空気を悪くしたかもしれない」という不安を抱え続けることは大きな負担になる。

 

だから、上司との1on1で「本音で話して」と言われても、どこまで本音で話していいかが分からず、なかなか踏み込めない。むしろ、気まずくなったり、評価に影響したりするのではないかという不安の方が大きい。本音を言うことで生まれる心の負担に見合うだけの見返りがないと、彼らにとって本音は言う意味がないのである。

 

ただし、若者に本音がないわけではない。むしろ本音に近い言葉は、別の場所に大量に存在している。象徴的なのが、SNSのコメント欄だ。動画や投稿のコメント欄を開くと、人には直接言えないような悩みや弱音が吐露されていることがある。「自分も同じ」「誰にも言えなかったけど」といった言葉が連なり、見知らぬ人同士が深い相談や共感を交わしている。

 

重要なのは、それが「私はこう思う」と正面から語られるのではなく、何かへの反応として表出していることだ。若者にとって本音は、いきなり差し出すものではなく、コンテンツや投稿を間に挟むことで出しやすくなるものである。共通の対象があれば、「自分の話」ではなく「これをどう感じたか」として語れる。だから本音は、直接的な自己開示よりも、反応や感想の中ににじみやすい。

 

この流れは、AIによってさらに進むかもしれない。人には言いにくい怒り、不安、愚痴、迷いを、まずAIに投げかける。AIは否定せずに受け止め、整理し、角の立たない言葉に変えてくれる。AIを「自分の一番の理解者」と感じる感覚は、今後さらに強まっていくだろう。

 

そう考えると、「本音をそのまま人に伝えること」は、今後さらに減っていくのかもしれない。AIによって、否定されず、整理され、伝えやすい言葉に変換される経験が当たり前になるほど、整理されていない感情をそのまま人にぶつけることは、率直さではなく、配慮のなさとして受け取られていく可能性がある。本音は、自分の内側から湧き出てくるものではなく、外部の情報(コンテンツや投稿など)への反応、あるいはAIとの壁打ちを通じて、確かめ、見つけていくものになっていくのではないだろうか。

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