コミュニケーション・プランニング局
コミュニケーション戦略&戦術開発、商品&サービス開発支援、ブランドコンサルティング、移動者起点の購買行動研究等の業務に従事。2008年JAAA海外研修団&編集委員、2019年JAAAフォローアップセミナー講師、「宣伝会議」、「販促会議」等にも寄稿。日本マーケティング協会「マーケティングマスターコース」修了。
映画『ウォール街』や『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のように、極めて強欲なビジネスマンの振舞いが描かれる作品が多々あります。他方、『素晴らしき哉、人生!』、『未来は今』の主人公のように善意や正義感あふれるビジネスマンが登場するものもあります。
天使でも悪魔でもない視点から倫理を考える
映画『ウォール街』や『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のように、極めて強欲なビジネスマンの振舞いが描かれる作品が多々あります。他方、『素晴らしき哉、人生!』、『未来は今』の主人公のように善意や正義感あふれるビジネスマンが登場するものもあります。
総じて言えば、映画が描くビジネス価値観は、前者のごとく、市場はゲームだから悪魔のように振る舞ってもよいという立場か、後者のごとく、天使のように振る舞うことを求める立場のどちらかであるような気がします。
しかしながら、今回ご紹介する本はそのどちらの立場も採用しません。
以下の本は、双方の考え方を退け、その中庸にあたる制度的な倫理観を提示します。
『資本主義にとって倫理とは何か』
著者: ジョセフ・ヒース、 翻訳: 庭田よう子 、解説: 瀧澤弘和 発行: 慶應義塾大学出版会

ここ数か月だけみても、日本を代表する実に数多くの企業の不祥事が日々報道され続けています。今、企業倫理やビジネス倫理が真に問われる状況において、そうした倫理をより深く考えるために、私にとっては全くの専門外の分野であり、かつ、かなり読みにくいものではありますが、あえて本書を手に取ってみました。
著者のジョセフ・ヒースは、カナダの哲学者(トロント大学哲学教授)で、政治哲学、ビジネス倫理など幅広い領域で国際的に評価されていると同時に、『反逆の神話』(アンドルー・ポターと共著)という本で、カウンターカルチャーと消費文化の関係についても分析しています。
著者の資本主義における倫理とは、立派な行いをすることではなく、かといって単にルール(法律や規制)を形式的に守るだけでもありません。ルールの背後にある目的を守るという倫理的義務こそが重要なのだと主張します。
仮に合法であっても、市場の構造的な欠陥を悪用してはならない、つまり、市場を壊さないための倫理の重要性です。
従って、抜け道を使った価格操作や、消費者が判断できないような複雑な金融商品等、正に法の網をかいくぐるようなものは倫理的に許されないということになります。
また、著者が善人としての立派な振る舞いを求めないのは、市場での行動は日常の道徳とは異なる文脈で行われるものであり、個人の道徳観をただ持ち込むだけでは問題の核心には迫れないという考え方があるのだと思います。
例えば、競合企業のシェアを奪おうとすること自体は、不道徳ではなく市場の競争制度に従った正当な行為であり、そこでの行動は日常生活で期待されるような親切心等に基づくものとは異なるということです。
本書の考え方を広告業界に当てはめてみれば、広告会社が倫理的に振る舞わなければいけないのは、良い人であるべきだからというよりも、むしろ市場の欠陥を悪用すると広告業自体が損なわれてしまうからということになります。
最後に、私自身の本書の解釈を記しておきたいと思います。
著者が語る資本主義における倫理とは、善意に基づく善き行いではなく、市場の機能を損なわずに企業活動を可能にするために、競争ルールを制度的に維持し、法以上のことを企業として内面化すること、一言でいえば、「市場の失敗(市場が構造的にうまく働かなくなる状態)」を防ぐための制度合理性だと捉えました。
偉大な企業には外部からは見えない秘密がある、という言い方もされますが、企業が倫理をもつということは、結果的に偉大で強い企業を構築していくための見えない武器になるのかもしれません。









