現在パリのビジネススクールでマーケティング修士号を取得中。グローバルな事業展開を探求している。
日本で高級バターが流行り出してもう数年は経ったと思うが、その火付け役となったのはエシレバターだと言えるだろう。東京・丸の内にあるエシレバター専門店には長蛇の列が並び、日本では「世界三大バターの一つ」として語られることも多い。
エシレバターは、なぜ日本で”高級”になったのか?
──フランス流ラグジュアリーのつくり方
エシレバター、フランスでは日常の一部だった
日本で高級バターが流行り出してもう数年は経ったと思うが、その火付け役となったのはエシレバターだと言えるだろう。東京・丸の内にあるエシレバター専門店には長蛇の列が並び、日本では「世界三大バターの一つ」として語られることも多い。フランス政府公認の伝統製法で作られる発酵バターで、濃厚さと繊細さを併せ持つ味わいが評価されている。

そんなエシレバターが、こちらフランスではスーパーの棚に並べられているのだから、筆者はその光景に面食らってしまった。フランス人にエシレバターの印象を聞くと「産地にこだわったとても良いバター」「日常の中の上質」という印象で、米にこだわる日本人が新潟県産コシヒカリを選ぶ感覚に近く、日本人が描くような希少性やステータス性のある「高級バター」とは性質が異なる。

なぜフランスの「日常」が、日本で「高級バター」になったのか?
この背景には、フランス的ラグジュアリー論に基づいた明確な戦略があると考えられる。
「高級バター」という旧来と一線を画す新カテゴリーの構築
エシレバターが登場するまで、日本国内の従来バターの価格差はせいぜい1−2倍程度だったが、エシレバターは200gで1,000円という、圧倒的な価格設定を採用した。しかし消費者は、他のバターとの比較ではなく、「高級バター」という新しいカテゴリーとしてこれを受け入れている。
ラグジュアリーは、ラテン語のluxus(逸脱・過剰)を語源とし、「“普通”と一線を画すもの」として理解されている。エシレバターは、バター専門店という業態、都心一等地に一店舗のみという展開、フランスの伝統製法という物語性によって、日用品から切り離された存在として位置づけられた。価格差そのものも、この「一線を画す」演出の一部となっている。
贅沢を避ける日本人に、”手土産”という理由づけをしたバタークッキー
さらに知名度を決定的に高めたのが、エシレバターを使用したクッキーだろう。バター単体で焼き菓子として展開することで、日本特有の手土産文化に組み込まれた。ラグジュアリーには、一線を画す特別性に加え、「なぜそれを持つのか」を自分や他者に説明できる理由、すなわち“所有の正当化”が求められる。その文脈において、エシレバターのクッキーは、手土産という文化を通じて「自分の贅沢」ではなく「他者への配慮」として消費を正当化する役割を果たした。贅沢を避けがちな日本人にとって、この文脈転換は極めて効果的だったと言える。

エシレバターは、フランスでは日常の上質、日本では「一線を画し、手が届き、正当化された贅沢」として再定義された存在である。この文化翻訳こそが、同ブランド成功の鍵であり、フランス流ラグジュアリー論の巧みさを示しているだろう。
参考
https://www.papillesetpupilles.fr/2021/02/beurre-dechire-un-beurre-aop-charentes-poitou.html/
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7355146/?utm_source=chatgpt.com







