WORLD REPORT

WORLD REPORT

WORLD REPORT

WORLD REPORT

WORLD REPORT

WORLD REPORT

WORLD REPORT

WORLD REPORT

WORLD REPORT

WORLD REPORT

WORLD REPORT

WORLD REPORT

小橋川 詠子

小橋川 詠子

通信業界でグローバル営業を担当後、フランスへ移住。
通信業界でグローバル営業を担当後、フランスへ移住。

現在パリのビジネススクールでマーケティング修士号を取得中。グローバルな事業展開を探求している。

過去のFresh EYEコンテンツは下記から読むことができます。
2023年4月からはこちら

日本で高級バターが流行り出してもう数年は経ったと思うが、その火付け役となったのはエシレバターだと言えるだろう。東京・丸の内にあるエシレバター専門店には長蛇の列が並び、日本では「世界三大バターの一つ」として語られることも多い。

エシレバターは、なぜ日本で”高級”になったのか?
──フランス流ラグジュアリーのつくり方


エシレバター、フランスでは日常の一部だった

日本で高級バターが流行り出してもう数年は経ったと思うが、その火付け役となったのはエシレバターだと言えるだろう。東京・丸の内にあるエシレバター専門店には長蛇の列が並び、日本では「世界三大バターの一つ」として語られることも多い。フランス政府公認の伝統製法で作られる発酵バターで、濃厚さと繊細さを併せ持つ味わいが評価されている。

エシレ・メゾン デュ ブール <東京・丸の内>

そんなエシレバターが、こちらフランスではスーパーの棚に並べられているのだから、筆者はその光景に面食らってしまった。フランス人にエシレバターの印象を聞くと「産地にこだわったとても良いバター」「日常の中の上質」という印象で、米にこだわる日本人が新潟県産コシヒカリを選ぶ感覚に近く、日本人が描くような希少性やステータス性のある「高級バター」とは性質が異なる。

フランスのスーパーに並ぶエシレバター

なぜフランスの「日常」が、日本で「高級バター」になったのか?

この背景には、フランス的ラグジュアリー論に基づいた明確な戦略があると考えられる。

「高級バター」という旧来と一線を画す新カテゴリーの構築

エシレバターが登場するまで、日本国内の従来バターの価格差はせいぜい1−2倍程度だったが、エシレバターは200gで1,000円という、圧倒的な価格設定を採用した。しかし消費者は、他のバターとの比較ではなく、「高級バター」という新しいカテゴリーとしてこれを受け入れている。

ラグジュアリーは、ラテン語のluxus(逸脱・過剰)を語源とし、「“普通”と一線を画すもの」として理解されている。エシレバターは、バター専門店という業態、都心一等地に一店舗のみという展開、フランスの伝統製法という物語性によって、日用品から切り離された存在として位置づけられた。価格差そのものも、この「一線を画す」演出の一部となっている。

贅沢を避ける日本人に、”手土産”という理由づけをしたバタークッキー

さらに知名度を決定的に高めたのが、エシレバターを使用したクッキーだろう。バター単体で焼き菓子として展開することで、日本特有の手土産文化に組み込まれた。ラグジュアリーには、一線を画す特別性に加え、「なぜそれを持つのか」を自分や他者に説明できる理由、すなわち“所有の正当化”が求められる。その文脈において、エシレバターのクッキーは、手土産という文化を通じて「自分の贅沢」ではなく「他者への配慮」として消費を正当化する役割を果たした。贅沢を避けがちな日本人にとって、この文脈転換は極めて効果的だったと言える。

エシレバターの代表格のクッキー

エシレバターは、フランスでは日常の上質、日本では「一線を画し、手が届き、正当化された贅沢」として再定義された存在である。この文化翻訳こそが、同ブランド成功の鍵であり、フランス流ラグジュアリー論の巧みさを示しているだろう。

参考

https://www.papillesetpupilles.fr/2021/02/beurre-dechire-un-beurre-aop-charentes-poitou.html/

https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7355146/?utm_source=chatgpt.com

https://www.kataoka.com/echire/maisondubeurre/#

エシレバターは、なぜ日本で”高級”になったのか?
──フランス流ラグジュアリーのつくり方


エシレバター、フランスでは日常の一部だった

日本で高級バターが流行り出してもう数年は経ったと思うが、その火付け役となったのはエシレバターだと言えるだろう。東京・丸の内にあるエシレバター専門店には長蛇の列が並び、日本では「世界三大バターの一つ」として語られることも多い。フランス政府公認の伝統製法で作られる発酵バターで、濃厚さと繊細さを併せ持つ味わいが評価されている。

エシレ・メゾン デュ ブール <東京・丸の内>

そんなエシレバターが、こちらフランスではスーパーの棚に並べられているのだから、筆者はその光景に面食らってしまった。フランス人にエシレバターの印象を聞くと「産地にこだわったとても良いバター」「日常の中の上質」という印象で、米にこだわる日本人が新潟県産コシヒカリを選ぶ感覚に近く、日本人が描くような希少性やステータス性のある「高級バター」とは性質が異なる。

フランスのスーパーに並ぶエシレバター

なぜフランスの「日常」が、日本で「高級バター」になったのか?

この背景には、フランス的ラグジュアリー論に基づいた明確な戦略があると考えられる。

「高級バター」という旧来と一線を画す新カテゴリーの構築

エシレバターが登場するまで、日本国内の従来バターの価格差はせいぜい1−2倍程度だったが、エシレバターは200gで1,000円という、圧倒的な価格設定を採用した。しかし消費者は、他のバターとの比較ではなく、「高級バター」という新しいカテゴリーとしてこれを受け入れている。

ラグジュアリーは、ラテン語のluxus(逸脱・過剰)を語源とし、「“普通”と一線を画すもの」として理解されている。エシレバターは、バター専門店という業態、都心一等地に一店舗のみという展開、フランスの伝統製法という物語性によって、日用品から切り離された存在として位置づけられた。価格差そのものも、この「一線を画す」演出の一部となっている。

贅沢を避ける日本人に、”手土産”という理由づけをしたバタークッキー

さらに知名度を決定的に高めたのが、エシレバターを使用したクッキーだろう。バター単体で焼き菓子として展開することで、日本特有の手土産文化に組み込まれた。ラグジュアリーには、一線を画す特別性に加え、「なぜそれを持つのか」を自分や他者に説明できる理由、すなわち“所有の正当化”が求められる。その文脈において、エシレバターのクッキーは、手土産という文化を通じて「自分の贅沢」ではなく「他者への配慮」として消費を正当化する役割を果たした。贅沢を避けがちな日本人にとって、この文脈転換は極めて効果的だったと言える。

エシレバターの代表格のクッキー

エシレバターは、フランスでは日常の上質、日本では「一線を画し、手が届き、正当化された贅沢」として再定義された存在である。この文化翻訳こそが、同ブランド成功の鍵であり、フランス流ラグジュアリー論の巧みさを示しているだろう。

参考

https://www.papillesetpupilles.fr/2021/02/beurre-dechire-un-beurre-aop-charentes-poitou.html/

https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7355146/?utm_source=chatgpt.com

https://www.kataoka.com/echire/maisondubeurre/#

.card-excerpt{ display: -webkit-box; -webkit-line-clamp: 2; -webkit-box-orient: vertical; overflow: hidden; }