山梨県生まれ、武蔵野美大卒。広告制作会社等を経てデザイナーとして廣告社㈱入社。CR・マーケ・メディア・営業・管理部門を経験後、代表取締役社長就任(2016年退任)。著書に『“広告の著作権”実用ハンドブック』(太田出版)、『クリエイターのためのトラブル回避ガイド』(パイ・インターナショナル)、『広告実務と著作権(電子書籍)』(太田出版)、共著に『Q&Aで学ぶ“写真著作権”』(太田出版)などがある。JAAA REPORTS「広告人のための法律知識」を2020年1月号~2026年3月号まで執筆。日本広告学会会員。
「契約書は法務が見るものです。」広告会社で仕事をしていると、そんな言葉を耳にすることがあります。営業担当者は条件をまとめ、プロデューサーは進行を管理し、クリエイターは制作に集中する。そして契約書は、最後に法務部門が確認する。役割分担としては間違っていません。
【第6回】契約書が苦手な広告人へ
―それは信頼を守るための約束
「契約書は法務が見るものです。」
広告会社で仕事をしていると、そんな言葉を耳にすることがあります。
営業担当者は条件をまとめ、プロデューサーは進行を管理し、
クリエイターは制作に集中する。
そして契約書は、最後に法務部門が確認する。
役割分担としては間違っていません。
しかし、当然のことですが、その考え方だけでは適切ではありません。
■ 契約書は「信用できない相手」のためにある?
一般的に広告実務で契約書が問題になるのは契約を締結するときではありません。むしろ、仕事が順調に進んでいた案件ほど、途中で思わぬ問題が生じます。
追加修正が何度も繰り返された、企画が途中で大きく変わった、納品後に二次利用が決まった、担当者が交代した。そんなとき、「そこまで含まれていると思っていた」「当然やってもらえるものと思っていた」「そんな話は聞いていない」という言葉が飛び交うことがあります。
実は契約トラブルは、お互いが同じ理解をしていると思い込んでいたことから始まることが多いのです。
契約書というと、揉めたときの証拠づくりというイメージを持つ人が少なくありません。もちろん、そのような側面もあります。
しかし、本来の契約書は、もっとポジティブなものです。誰が何を行い、どこまでがその人の役割で、いつまでに納品し、費用はいくらで、成果物を誰がどのように利用できるのか。その取引における共通認識を示した基本ルールです。
つまり契約書は、相手を信用しないから作るものではなく、お互いに信用しているからこそ、認識の違いを残さないために作るものと考えるべきです。
■ 「言わなくてもわかる」が危ない!
広告業界には、長年の信頼関係で成り立っている仕事が数多くあります。何年も一緒に仕事をしている制作会社、ついついお願いしてしまういつものカメラマン、無理の効くデザイナーなどです。
そして、行きつけのヘアーサロンのように、「いつもどおりで」「前回と同じで」というニュアンスで仕事が始まることもあるでしょう。もちろん、それ自体は悪いことではありません。しかし、この玉虫色のやり取りが大きなリスクとなることも事実です。
例えば、動画広告を制作したとします。当初はWeb配信だけの予定だったものが、後になってテレビCMや交通広告でも使いたくなったとします。
委託した側は、「せっかく作ったのだから使えるだろう」と考えがちです。一方、委託された側は、「二次利用なら追加契約だ」と考えています。どちらも悪意はありません。
しかし、契約書に利用範囲が明記されていなければ、認識の違いがそのままトラブルになります。問題なのは、契約書がないことではなく、互いに「話さなくても伝わっている」と思い込むことなのです。
■ 大切なのは未来の可能性とリスクを想像すること
本連載では、これまで何度も“想像力”という言葉を使ってきました。実は、契約書もまた、想像力の産物です。
契約書を書いている人は、途中で仕様変更が起きるかもしれない、担当者が替わるかもしれない、広告が予想以上にヒットするかもしれない、海外でも利用したくなるかもしれない、などなど、「まだ起きていない未来」における可能性やリスクを想像します。つまり契約書とは、未来を予測して作る文書なのです。例えば、
・追加修正はどこまで含まれるのか。
・著作権は誰に帰属するのか。
・成果物はどこまで利用できるのか。
・第三者の素材は適切に権利処理されているか。
・途中で中止になった場合の費用はどうなるのか。
などのファクターが自ずと浮上してきます。
また広告制作関係では、まず対広告主、対協力会社等との間で「包括契約(取引基本契約書)」があり、個別契約は発注書や見積書で、という慣習があります。ところが、その取引基本契約書は日々あまり目にすることもなく、いざ確認してみたらとんでもなく古いものだった、などということも多いようです。定期的に検証し、想定された未来にそぐわないと思われる場合は、積極的に補足・修正を行うべきでしょう。
■ 契約書は登場人物全員による未来構想図である
広告は、広告主、制作会社、クリエイター、出演者など、多くの人達との約束の上に成り立っており、それぞれの約束(合意)を言語化したものが契約書です。
そして、そこには取引における基本ルールだけでなく、これから先、互いに何を期待し、何を提供し合い、どのようなサクセスストーリーを共有するのか、という当事者間の“希望”が託されているのです。
また、コンプライアンスの観点からみた契約書は、双方がWin-Winの取引を実現するための道標となるべきものなのかもしれません。どちらか一方へ過剰に利益・不利益が偏らない取引を目指すということです。
契約書として適切に成立しているか否かの判断や条文の細かな調整などは法務部門の領域かもしれません。しかし、契約内容そのものに関する合意形成は間違いなく事業担当(もしくは営業担当)の責任範囲です。そして、そんな立場ならではの大切なことは、契約書を「相手方との信頼関係を維持させていくための未来構想図」と捉えることではないでしょうか。









