DXコンサルティング本部DXコンサルティング局
チーフAIストラテジスト
大手コンサルティングファーム、クリエイティブ系法人向けスタートアップを経て、現職。メディア、Webサービス、通信、エネルギー業界を中心に、DX企画、AI実装、CX改革、事業戦略、販促領域などに携わる。 コンサルティング活動の傍ら、社内DX部門にて外部情報発信やAI系スタートアップとの協業に従事。クリエイティブ系法人向けSaaS企業にてCustomer Successを立上げ、契約更新率の大幅改善を達成。新規プロダクトの立ち上げ等も主導。現職においてはDXコンサルティング事業/組織の立ち上げを主導しながら、プロジェクトリード、及び、ブランディング/マーケティング活動に従事。また、博報堂DYグループでAI活用を進めるHCAI Instituteへ所属。主な著書に『DXの真髄に迫る』(共著/東洋経済新報社)。
これまでこの連載では、AIによる「均質化問題」をアカデミックな研究をもとに考えてきた。今回は視点を変え、TBWA\HAKUHODOと一緒に取り組んでいる事例から、この問題への思考を深めたい。今日のキーワードは「暗黙知の形式知化」、そしてその先にある「組織知化」だ。
第16回 暗黙知の組織知化から仕掛けるAX
──TBWA\HAKUHODOとの挑戦
これまでこの連載では、AIによる「均質化問題」をアカデミックな研究をもとに考えてきた。今回は視点を変え、TBWA\HAKUHODOと一緒に取り組んでいる事例から、この問題への思考を深めたい。今日のキーワードは「暗黙知の形式知化」、そしてその先にある「組織知化」だ。
均質化問題とは、誰がやっても同じ答えになってしまう問題だ。これを突破する道筋の一つは、自社らしさ、すなわち自社ならではのデータや視点を反映することだ。ところが壁にぶつかる。自社らしさは、どこに眠っているか。多くの企業ではそれは人の頭の中、つまり暗黙知だ。組織の中に明文化されず存在する仕事のやり方や行動様式、一部のカリスマ的社員の中に眠る勘どころ、属人的に残る手元の資料。こうしたものこそが、均質化を突破する鍵になる。
なお、今回はAIエージェント(Gem)の作り方そのものには深く立ち入らない。焦点を当てたいのは、暗黙知の形式知化に組織としてどう取り組むかというアプローチの側面である。
エース社員の業務を、AIエージェント化する
舞台は、TBWA\HAKUHODOのとあるメディアプランニング部門。事業成果から逆算した戦略策定から実行までを進めることが求められていて、高い専門性を持つエース社員(以下S社員)がいた。
この部門の競争力は、一人ひとりの高いスキルに支えられていた。しかしいつまでも個人の暗黙知に依存せず、いかに組織の力に変えるかが課題であった。
そこで始まった取り組みが、S社員の業務をGemとして整理し、本人の業務を補助し、周囲のメンバーも学べる形にしていくことだった。
この取り組みで大切にしたのは、本人の主体的な参加である。S社員の知見を単に移し替えるのではなく、本人が普段どう考え、どのような基準で判断しているのかをともに言語化していく。AIエージェントは、本人の代わりをつくるものではなく、本人の知見をより多くの場面で活かし、チームの学習を助ける道具と位置づけた。
この過程で、普段は意識されていなかった判断の型が見える。どの情報を最初に見るのか。どの条件なら提案を変えるのか。経験豊富な人には当たり前すぎて説明されてこなかったことが、AIエージェントに教えるという具体的な目的を通じて、言葉になっていく。
このアプローチの妙がここにある。「形式知化しよう」と言われても、何をどうすればいいかわからない──多くの組織が抱えてきた壁だった。「エースの業務をAIエージェント化する」というゴールを置いた瞬間、作業は具体的になる。エージェントを動かすにはプロンプトもデータも必要で、自然と暗黙知が言語化されていく。抽象的だった形式知化が、AIエージェント開発という明確なアウトプットを伴う作業に変わった。ここに今の変化の核がある。
組織知化のフェーズ──形式知化のその先へ
ただし、ここでは終わらない。エースが作ったものは「自分が使うAIエージェント」だ。組織の力に変えるには、別の人間の働きが必要になる。
どこでどのエージェントを使うかを標準業務フローとして整理し、S社員しか使えなかったGemをみんなが使えるようカスタマイズし直す。さらに使いやすいUIを持つシステムにする構想も出てくる。ここで動くのは、業務コンサルタント的なスタッフだ。個人のエージェントを、組織で運用可能な仕組みへと翻訳する役割である。
部門間の連動と、BPRの連鎖
取り組みはさらに進んでいる。ここまでの成果は、「ある部門の業務継続性と効率性が上がった」ことにある。これを部門内の改善にとどめず、ビジネスプロセス全体の変革につなげていくため、他部門との連動が次のテーマとなった。メディアプランニング部門で知見共有や業務の見える化が進んだことで、他部門との協働や、人材がより幅広く力を発揮できる可能性も見えてきた。
ただし、ここで大切なのは、単に人を動かすことではない。本人の意思やキャリアの方向性、成長機会をふまえながら、部門を越えて力を発揮しやすい環境を整えることである。既存部門の仕事の価値を否定するものでもない。むしろ、各部門に蓄積された専門性や判断知を尊重し、それを適切な範囲で共有可能な知に変えていく取り組みである。
ここで新たな論点が出る。暗黙知は、兼務先にもあるのだ。新しく入った人が早く力を発揮するには、受け入れ側の業務や判断基準も、見える形になっていることが望ましい。だから今度は、別部門のBPR──暗黙知の形式知化と組織知化──にも取り組む。兼務者が一方的に業務を覚えるのではなく、現場のメンバーと対話しながら、その部門の判断知を整理していく。その際も、共有すべき知見と、個人や顧客にひもづく慎重に扱うべき情報を切り分ける。こうしてBPRが、本人と現場の納得感を前提に、部門を越えて連鎖していく。この連鎖を、人の経験や専門性への敬意を土台に仕掛けているところに、TBWA\HAKUHODOの先進性がある。
しかも、この動きは一度作って終わりではない。組織がAIで持続的に進化していくためには、効果のモニタリングそのものも仕組み化する必要がある。どのエージェントがどの業務で役立っているのか、どこに使いにくさがあるのか、どの業務にまだ改善余地があるのかを見ていく。ただし、これは個人の評価や監視を目的とするものではない。利用目的を明確にし、必要に応じて匿名化・集計化しながら、業務上の摩擦やボトルネックを把握する。あくまで、チーム全体がより働きやすくなり、より良い成果を出せるようにするための改善情報として扱うのである。
最後に、組織のAI活用において昨今変化を感じている。それは、AI活用の議論が「単にAIの利活用を促すこと」から、「AIをテコに、判断知・人材・業務プロセスをどう前向きに進化させるか」へと本格的に移ってきていることだ。今回のケースはその先進例だ。
なぜこの会社で進んだのか。逆説的だが、暗黙知に強く依存してきたという課題感が、幹部と現場の双方にあったからだ。ある意味、課題先進企業だった。だが、この話を多くの方にすると「同じような状況だ」と膝を打つ反応をいただく。決して特殊な話ではないはずだ。AIを通じて、自社固有の判断知を、現場との対話を前提に、前向きな組織資産へと変えていくこと。それは、業務効率化にとどまらず、人材・組織・競争力を持続的に進化させる、次のAXの本丸である。

--共著--
関谷 俊博
TBWA\HAKUHODO
Integrated Business Leadership Unit
部長 / Precision Media & Data PlanningLead 兼 Division CFO
AIエージェント時代の成長モデルを設計し、経営アジェンダに基づき、マーケティング施策、CRM、AI活用、組織・カルチャー変革、現場オペレーションを動かして成果に変える実装・変革型グロースリーダー。博報堂、TBWA\HAKUHODOを通じ、グローバルブランドを中心に、メディア投資改革、顧客接点変革、CRM基盤刷新、部門横断のAI組織変革を主導し、コスト最適化や事業グロースを実現。CXO・事業責任者と共に、成長戦略・新規事業開発を現場で成果が出る仕組みへ実装する。CannesLions、Channel Engagement Planner of the Yearなど国内外で多数受賞。









