DXコンサルティング本部DXコンサルティング局
シニアマネージャー/チーフAIストラテジスト
大手コンサルティングファーム、クリエイティブ系法人向けスタートアップを経て、現職。メディア、Webサービス、通信、エネルギー業界を中心に、DX企画、AI実装、CX改革、事業戦略、販促領域などに携わる。 コンサルティング活動の傍ら、社内DX部門にて外部情報発信やAI系スタートアップとの協業に従事。クリエイティブ系法人向けSaaS企業にてCustomer Successを立上げ、契約更新率の大幅改善を達成。新規プロダクトの立ち上げ等も主導。現職においてはDXコンサルティング事業/組織の立ち上げを主導しながら、プロジェクトリード、及び、ブランディング/マーケティング活動に従事。また、博報堂DYグループでAI活用を進めるHCAI Instituteへ所属。主な著書に『DXの真髄に迫る』(共著/東洋経済新報社)。
本連載も第3回目を迎えた。前回までの連載では、なぜマーケティング組織が企業内AI活用の先駆者となることを期待されるのか、そしてどのような使い方(ユースケース)から取り組むべきかを論じてきた。今回は、その一歩先へ進む。
第3回 AI活用の羅針盤:「ユースケース5段階モデル」
本連載も第3回目を迎えた。前回までの連載では、なぜマーケティング組織が企業内AI活用の先駆者となることを期待されるのか、そしてどのような使い方(ユースケース)から取り組むべきかを論じてきた。
今回は、その一歩先へ進む。
個別のユースケースを点として捉えるだけでなく、より戦略的、組織的にAI活用を進めるための「5段階モデル」を提示していきたい。このモデルは、すでに数多くの企業で各ユースケースの開発方針策定やAI組織開発プロジェクトにおいて活用され、実績を上げている。
AIユースケースの「5段階モデル」とは
AIツールや機能は日々進化しているが、それらの実装方法やユーザー体験(UX)の観点から見ると、5つのレベルに分類できる。

レベル1:チャットでの直接利用
まずは、ChatGPTやGeminiといった生成AIツールを、提供されているチャットインターフェースでそのまま利用する段階。例えば、「この専門用語を教えて」「文章を要約して」といった使い方だ。マーケティング部門では単純な情報収集や、社内向け資料の要約作成など、即時性の高い単発タスクに活用されている。最も手軽に始められる活用法である。
レベル2:プロンプトカタログ利用
チャットインターフェースはレベル1と同じだが、事前に用意され「凝ったプロンプト」を用いる段階。各企業内でフォーマット化されたプロンプトの一覧は「プロンプトカタログ」などと呼ばれる。特定業務向けの複雑なプロンプトで、より高品質なアウトプットを引き出すことが可能だ。例えば、第2回で紹介した「記事コンテンツのドラフティング」や、広告クリエイティブの評価、競合分析モデルなど、特定のフォーマットに沿った質の高いアウトプットが必要な場面で効果を発揮する。
レベル3:カスタムAIボット利用(Gems/GPTsなど)
OpenAIのGPTsやGoogleのGemsのような、特定目的に特化したカスタムAIボットを利用する段階。定型プロンプトやナレッジがボットの「裏側」に組み込まれているため、ユーザーは毎回長いプロンプトを入力・コピー&ペーストする必要がなく、シンプルな指示だけで特定のタスクを実行できる。例えば、「自社のブランドガイドラインに沿って、このキャッチコピー案を評価して」といった指示や、特定のペルソナになりきって質疑応答するAI(後述のプロンプトサンプル参照)などがこれにあたる。また、参照させたい社内ルールや、ブランドガイドラインなどの簡易データも事前にアップロードしておけるため、利便性が高い。
レベル4:簡易ツール・EUC(End-User Computing)利用※
このレベルになると、UIはもはやチャットだけではない。GoogleApps Script(GAS)やExcelマクロ、あるいはDify、Microsoft Copilot Studioのようなローコード/ノーコードツールなどを用いて開発された、特定の業務のための簡易的なツールを利用する段階だ。例えば、特定のWebサイトからの情報収集と整形、定型レポートの自動作成、複数のステップからなるワークフローの自動化などがこれにあたる。UIはスプレッドシート、シンプルなWeb画面など様々だ。
※EUC:企業の業務部門の担当者自身がITツールを用いて、IT部門に頼らずに独自のシステムやアプリケーションを開発・運用する取り組み
レベル5:業務システム組込み
AI機能が既存・新規の業務システムに完全に組み込まれた状態。ユーザーはときにはAIを意識せず、日常業務システム(CRM、MAツールなど)の一部としてAIの恩恵を受ける。例えば、博報堂DYホールディングスが開発・提供するマーケティング業務ソリューション「CREATIVE ENGINE BLOOM」では、クリエイティブの企画から制作ワークフロー全体にAIが組み込まれており、ユーザーは普段使いのインターフェースを通じてAIの支援を受けられる。
出典:https://www.hakuhodody-holdings.co.jp/news/corporate/2024/06/4841.html
レベルの上下は優劣ではない。トレードオフを理解する
この5段階モデルを見て「レベル5を目指そう!」と思うかもしれないが、待ってほしい。各レベルにはそれぞれ価値があり、メリット・デメリットがトレードオフの関係にあることを理解することが極めて重要だ。
レベル1や2は導入が容易で、スピーディに試せるうえ、高度なエンジニアリングスキルが不要であることが多い。機能変更や個別カスタマイズの柔軟性も高い。一方、品質や安定性はユーザーのプロンプトスキルやAIの汎用能力に依存する。変化の激しい業務や「まずは試してみたい」初期段階には、これらが適している。
一方、レベル4や5は業務プロセスに最適化され、品質や安定性が高く、業務へのインパクトも大きい。システム連携も可能で組織全体の標準化やスケールに向く。しかし実現には時間、コスト、専門開発リソースが必要だ。システム化することで要件変更への柔軟性が低下する可能性がある。
つまり「どのユースケースを、どのレベルで実装するのが最適か?」を業務特性、求める品質、必要な柔軟性、投資額などから戦略的に判断する必要がある。例えば、年に1回のニッチな分析にレベル5システムは過剰投資だが、毎日何百件も処理する定型業務なら、レベル4や5で自動化する価値は大きい。
5段階モデルは開発方針だけではない。人材・組織設計の羅針盤だ
この5段階モデルは単なるユースケースの分類ではなく、自組織の現在のAI活用レベルや目指すべき方向を可視化し、議論するための共通言語となる。
例えば、レベル1、2のユースケースを増やすためには、従業員のプロンプトスキルを向上させることが重要となる。レベル3では、業務に精通した部門担当者がカスタムAIボットを設計・運用できるスキルを持つ人材が求められる。レベル4や5では、エンジニア人材との連携が不可欠となり、運用保守体制の構築も検討する必要がある。
次回以降は、この5段階モデルを前提に、AI活用を組織に根付かせるための具体的な推進体制、スキル開発、役割分担といったテーマを深掘りしていく。このモデルの真価は、単なる実装分類ではなく、組織論を議論する羅針盤となることにある。ぜひ注目していただきたい。