2023年電通入社、関西オフィス所属。人の感情の正体に関心を持ち研究に取り組んできた経験を起点に、現在はマーケティングプランナーとして従事。入社後に学生向けプランニングを担当したことをきっかけに、若者特有の心理や感覚、自由な発想への関心を深め、電通若者研究部「ワカモン」(電通ワカモン)に参画。レジャー施設や女性向け消費財のメディアプランニング、商業施設の販促領域などを担当している。
「若者は広告が嫌いだ」とよく言われる。実際、動画配信サービスでは広告をスキップしたり、課金したりして広告を非表示にする若年層も少なくない。
若者の広告嫌いって本当?
―嫌われているのは広告そのものなのか―
「若者は広告が嫌いだ」とよく言われる。実際、動画配信サービスでは広告をスキップしたり、課金したりして広告を非表示にする若年層も少なくない。広告を避ける行動は確かに存在している。広告を表示させないために月額料金を支払うという選択も、特別なことではなくなっている。
一方で、推しとの企業コラボが発表されると、ファンが企業に感謝の投稿を寄せ、街頭広告の前に行列を作って写真を撮る光景も見られる。韓国ではファンが共同出資して屋外広告を掲出し、推しの誕生日を祝う文化も広がっている。また、季節の到来を告げるCMが毎年話題になったり、音楽や物語性のある広告がSNSで共有されたりすることも珍しくない。
広告を避ける行動と、広告を歓迎する行動。その両方が見られるとすれば、「若者は広告が嫌いだ」という言い方だけでは捉えきれない側面があるのではないか。
若者世代は、嗜好に合わせて最適化された情報環境の中で日常を過ごしている。不要な広告はスキップでき、広告のない環境を選ぶこともできる。加えて再生速度の変更や離脱の容易さなど、「見方の主導権」を自分が握れる設計が当たり前になっている。体験を自ら整えられることが前提となる中で、コンテンツ体験を中断されることへの感度は高まっている。
さらに、情報の中に「見てほしい」「売りたい」という意図が強く立ち上がると、その瞬間に受け手は一歩引いてしまうという感覚も指摘される。テレビ番組の切り抜き動画は自然に受け入れられるのに、PR色の強い告知動画には距離を置く、といった反応はその一例だろう。内容そのものよりも、「誰かの意図に誘導されている」という感覚が違和感として作用している可能性がある。とりわけ“おすすめ”の顔をした情報ほど、狙いが透けた瞬間に反動が出やすい。
しかし同時に、広告が体験を壊すのではなく、体験を拡張するものであれば受け入れられているようにも見える。応援の手段となる広告、季節や文化と結びつく広告、共有の対象となる屋外広告。そこでは広告は“ノイズ”ではなく“コンテンツ”として機能している。
若者が拒否しているのは広告という形式そのものではなく、体験を損なうと感じられる瞬間や、意図が過剰に可視化される構造なのではないか。若者の広告嫌悪という言説は、単に若者を理解することにとどまらず、情報環境の変化の中で広告と生活者の関係が変わりつつあることを示している。
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