株式会社ベストインクラスプロデューサーズ(BICP)/ニューヨークオフィス代表
海外現地法人のマネジメント歴18年(中国・広州/香港、北米・ロサンゼルス/ニューヨーク)。アサツーディ・ケイ現地法人ADK America (WPP Group)のCFO兼副社長の後、株式会社デジタルインテリジェンス取締役を経て現職。ニューヨークの最新動向を解説する『MAD MAN Report』を発刊。米国コロンビア大学経営大学院(MBA)修了。
共著に『広告ビジネス次の10年』『2030年の広告ビジネス』(翔泳社)がある。
買い物の価格が人によって違う――「パーソナライズド・プライシング」という商習慣は、昔から存在していた。保険の料率、会員と非会員の差、「たこ焼き1個おまけ」という一場面まで。
パーソナライズド・プライシング ―「隣の客と、値段が違う」
リテールメディアとAIエージェントの介在
買い物の価格が人によって違う――「パーソナライズド・プライシング」という商習慣は、昔から存在していた。保険の料率、会員と非会員の差、「たこ焼き1個おまけ」という一場面まで。ところが「交渉で決まる価格」と「知らないうちに決まる生活品・サービスの価格」は、同じ個別価格でも意味が違う。
■Instacart、Uberの個人価格が違う
食料品即日配達のInstacartで「同じ店の同じ商品を同じ時刻に注文しても、人が違えば価格が違う」。アルゴリズム価格設定で最大23%の価格差が生じ、世帯によっては年1,200ドル(約18万円)の追加負担が生じるとされた。同社は指摘後に商品価格テストの中止を発表したが、中止できるとは「押せば戻せるスイッチだった」ということだ。
配車サービスのUberやLyftも同様の価格変動がある。17州30ルートでほぼ同時刻の見積もり調査では、最高価格帯と最低価格帯の価格差の開きが何と42.4%(中央値)だった。背景には、両アプリを開いて比べる利用者が16.1%しかいないという「比較しない摩擦(比べないから、高値が通る)」の構造がある。
■パーソナライズド・プライシングが店頭の棚に降りてきた
米国では、個人データを使った「パーソナライズド・プライシング」の規制が急拡大し、ニュージャージー州法で電子棚札(ESL)(図1参考)の新規設置が1年間凍結されることになった(2027年2月施行)。

米国連邦取引委員会(FTC)はこれを「監視プライシング=価格設定(Surveillance Pricing)」とも呼び、「子どもの数で牛乳の価格を変える」「バッテリー残量が少ない人にライドシェアで高値を出す」といった行為について執行方針案を2026年8月に公表した。上院司法委員会でも「あなたのデータ、彼らの利益」と題した公聴会が開かれた。
Amazonは2026年1月、「Amazon Go」と「AmazonFresh」の全72店舗の閉鎖を決定した。手のひらの生体認証決済「Amazon One」も2026年6月にサービスを終了し(図2参考)、Whole Foods全店から読み取り機を撤去、蓄積した生体データも削除すると発表した。個人価格をいつでも実装できる器を、自らB2Cの売場から法規制を先読みして引き揚げた様相だ。

■「全員同じ価格」と「個人価格」の境目を溶かすリテールメディア
手書きPOPや日替わり札がESLに代わる理由は「食品ロス削減」「手作業のDX化」「人手不足への対応」であり、この「皆さん一斉に同じ価格」の大義名分は本物だ。
問題は、この「表示は平等」の境目が別のDXで簡単に溶けることだ。日本の「リテールメディア」ブームである。
店内サイネージ、アプリ、ID-POSデータ、属性認識カメラ、セルフレジ、オンラインショッピングカートが統合されれば、「棚の価格は全員同じ。ただしアプリクーポンで実質支払額は「人ごとに違う」「今ならお得」という状態が成立する。
クーポンの出し分けはすでに日常だが、機能として見れば「棚札を書き換えることと何が違うのか」という問いは、米国同様に日本にも来る。この領域を正面から規制する法律はなく、“凪(なぎ)”の状態だ。
■店頭価格を決めるのは小売でなくAI中間ベンダー
では、その「あやふやな価格」を決めているのは誰か。店頭を管理する小売業が「お客様のために」と平等表示を考えていても、その間に中間ベンダー(AIエージェント)が最適化を掲げ、「事前許諾クリックがある」とばかりに入り込み、Cookie同意ポップアップと同様の形骸化を招きかねない。広告会社がこの中間に立ち、クライアントの顧客に示す表示価格の最適化(個人価格)に関与していないか。法規制を待つ前に、企業としての姿勢と、事業とブランドの「らしさ」をまず考えたい。








